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大講堂の「白い二本の線」〜江田島・第一術科学校見学

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来週土曜日の3月16日には、平成最後の幹部候補生となる、
A幹部(防大・一般大卒)の卒業式がここ江田島で行われます。

部内課程の卒業式はもうすでに2月7日に実施されており、
卒業した幹部は現在「せとゆき」「しまゆき」での外洋練習航海に出ています。

2年前の2月3日、わたしはこの部内課程卒業式にも出席させて頂きましたが、
一般課程と全く同じ形式で行われるものであることをそこで知りました。

海軍兵学校時代の昔から、海軍士官の旅立ちを見守ってきたのが
大正6年(1917)に建造されて今年で98年目になる、大講堂です。

 

先日の江田島訪問では、学校幹部の方々直々のご案内によって
大講堂を見学させていただき、普通に見学しただけでは見ることのない
裏の部分も見せていただくことができました。
(もしかしたら、幹部候補生も立ち入ったことがないかもしれません)

大講堂の外側門寄りに、賓客などが車を横付けして入っていく
屋根付きの入口があるのをご存知でしょうか。

ここを正式にも「お車寄せ」と称するそうです。
昔は建物ギリギリまで車を乗り入れることができるようになっていました。

あそこは大講堂の壇のある方に近く、その二階に設えられた
来賓のための待合室にすぐ案内できるのです。

畏れ多くも初めてこの入口から大講堂に入っていくと、
そこからは階段を上り、来賓の控え室に到着しました。

二階には二つ部屋があり、こちらは貴賓室となります。

卒業式では壇上に上がる来賓と、学校長を始めとする自衛隊幹部が
ここでお茶などいただきながら開式をお待ちするわけですな。

江田島の旧軍時代からある建物には必ずここにも写っている暖炉があり、
その多くは焚き口を塞がれてただのマントルピース風飾りになっていますが、
この部屋の大理石の暖炉はかつてのままの姿をとどめています。

教育参考館にあった横山大観の富士山の絵に似ているなあ、
と思ってサインを確かめたら本物でした。

宮様もお出ましになる貴賓室にまさか偽物を置くわけがありません。
国宝級の画家の絵がさりげなく掛かっているとはさすが旧海軍兵学校。

ふと見れば、さりげなく鈴木貫太郎の「智仁勇」の額が。

鈴木貫太郎は大正7年(1918)、つまりこの大講堂ができた次の年、
海軍兵学校長(中将)としてここ江田島に勤務しています。

軍人が書を求められるのは少なくとも大将になってから後のはずですから、
この書がずっとここに掛かっていたとしても、それは昭和になってからでしょう。

貴賓室から外に出ると、そこは貴賓用観覧席。
2年前、卒業式にご来臨賜った彬子女王殿下はここで式をご覧になりました。

椅子に座って講堂全部が見渡せるように高台が設置されています。
赤絨毯の敷かれた台は木製で、これもおそらく戦前からのものでしょう。

貴賓用ですから、他のところとはドアで区切ってあります。

やんごとないお方の視線で大講堂を眺めるとこうなります。
わたしは彬子女王殿下ご臨席の時には、右側に写っている柱の少し向こう側に
座っていましたが、そこから殿下のお姿は窺えませんでした。

やんごとないお方の視線その2。

この時、一連の解説をしてくださっていたのは自衛官らしく非常に明快に
はっきりと大きな声で話をされる方でしたが、この声が反響して
講堂中に響き渡っているのをまたもや実感しました。

増幅装置を使わなくてもいいように、壁には和紙を塗り込んでいる、
という話は過去何度かの江田島見学の時に聞いていましたが、
今回改めて聞くと、さすがに今は修復にその方法は使われていないそうです。

ただ、壁材は非常に柔らかいもので、それは手で触ってもわかりました。

幹部候補生家族などが観覧するためのスチールの観覧席があります。

「兵学校時代はハンモックナンバーといって前から成績順に座っていたので、
卒業生の家族は、自分の息子の座っている場所で順番がわかりましたが、
今は特別に表彰を受ける5名以外は姓名のアイウエオ順です」

昔江田島の一般見学に来た時、案内係だったOBは、

「成績順に座ります。わたしはほとんど最後尾でした」

と言って笑わせていたのですが、昔は自衛隊でも成績順だったのか、
それとも説明係の自虐ギャグだったのでしょうか。

下から見ると舵輪の形をしている照明具ですが・・、

ここからなら真横からかなり細かいところまで見ることができます。
どうやって手入れしているのかわかりませんが、全く劣化が見られず、
できてから100年近く経過しているとはとても思えません。

貴賓室にはドアが二つあります。
呉地方総監部の二階正面の貴賓室もそうでしたが、昔は
皇室の方々と下々の者は同じ扉から出入りすることも憚られると、
専用貴賓室にはすぐ横に別の扉を設けていました。

そちらから写真を撮りながら出ていったところ、そこにいた自衛官が
写真に写りこまないようにさっとどいてくれたその姿が写ってます(笑)

こちらがもう一つの部屋、応接室の天井。
おそらく、皇室の方々が貴賓室でこちらはその他の来賓用でしょう。
このシャンデリアの繊細さと豪華さをご覧ください。

手作りのガラス細工だとしたらどれほど価値のあるものでしょうか。

「これも当時からのものですか」

「そう聞いています」

こちらの部屋には、兵学校の卒業生(キノシタマスミさん)の絵が掛かっています。

この木下さんは70期台の卒業生で、このように江田島の四季を
描いては第一術科学校に寄付してこられたようで、別のところでも
同じタッチの絵をいくつか拝見しました。

ツツジの季節に描かれた「西生徒館を望む」という絵。
海軍兵学校時代、この建物は西生徒館と呼ばれていました。

海上自衛隊になってからはここが第一術科学校であり、
建物の名前もそうなっていたのですが、木下氏にとっては
ここはいつまでも「西生徒館」であったのでしょう。

この絵の描かれた1988年には3階建てだった建物も、
耐震を加えた躯体改装工事により今は4階建と変わっています。

老朽化した第一術科学校を建て直す案が出た時、
主にまだ当時健在だった海軍兵学校出身者から反対の意見が出たそうですが、
改築は元の姿を最大限止めるという約束のもとに決行されました。

下に降りることになりました。

貴賓室のある二階から降りる階段の踊り場は、
アーチを描く美しい窓越しに光が入ってきてとても明るい。

窓越しに「兵学校の松」がまっすぐに背を伸ばしているのが見えます。

階段を降りると、ステージというか式台の裏側に出てきます。
ドアをくぐると国旗と海上自衛隊旗の交差するステージの右手で、
思わぬところに出てきたのでちょっとびっくりです。

玉座は連合国軍(主にオーストラリア軍)が接収していた頃、
教会となって十字架が設置されていたそうです。

一般公開の案内で「マリア像が置かれていた」といっていた人もいましたが、
この日解説してくださったのは2年前彬子女王殿下をご案内をするために
江田島の歴史を精査して内容をその緻密な頭脳で覚えこんだという
現第一術科学校長なので、おそらくこちらが正しいと思われます。

連合国軍はここがカソリック教会として、そして山手にある賜餐館を
プロテスタント教会にしていたということです。

第一術科学校に一歩足を踏み入れると、すでに空気が凛として
思わず背筋を伸ばさずにいられない気持ちになるのが常ですが、
特にこの大講堂の中は、これまでここで幾度となく行われてきた
厳粛な式典の空気を湛えているせいか、外界とは完璧に違って見えます。

ちなみに左におられる海将補と一佐は、かつてここ江田島で

「赤鬼と候補生」

の関係でした。

「部屋長と部屋ッ子」

もそうですが、防大やここ幹部候補生学校での上下関係は
それからの自衛官人生でずっと続きます。
幾つになっても、階級が上がって同じ勤務地で多くの部下を持つようになっても、
候補生にとって当時の赤鬼青鬼は永遠に鬼です。

一佐によると、赤鬼の頃の海将補はそれは怖かったそうです(笑)

この写真を見る限り普通に談笑していますが、こうなってもやはり、
二人の関係性は変わることがないものなのでしょう。

毎年2回行われる卒業式、幹部学校長はこの、同じところに革靴で立ち、
新しく幹部に任官する元候補生に証書を与えます。

見たことはありませんが、おそらく入校式の時も同じ場所に立つのでしょう。
そこには長年に亘って靴の踵が作った傷が白く残っていました。

それ以上にすごいのがこちら。
卒業式を見たことがある方ならご存知ですね。
この壇の一番上の段は、候補生が賞状を受け取るために
列を作って歩くため、白い二本線が壇の中央まで刻まれています。

つまり

「白い二本線」=White Two Lines

ウェストポイントの長い灰色の線「Long Gray Line 」みたい。

兵学校でのハンモックナンバー上位5名がそうであったように、
今でも幹部候補生の成績優秀者上位5人だけがこの赤絨毯の上を歩き
短剣ならぬ賞状を受け取り、ここを後ろ向きに降りることになっています。

 

「じゃ赤絨毯踏んだりしたらダメですね」

「いえいえ、ここで写真を撮ります」

わたしたちは畏れ多くも赤絨毯の上に立ち、
両校長に囲まれて記念写真を撮ってもらいました。

お二人ともおそらくはかつて「恩賜の短剣組」ならぬ本物の「赤絨毯組」?
わたしたちは「体験入隊」扱い、つまり海士相当?ですが特例です。

聖地江田島の最も神聖な大講堂から始まったこの日の見学ツァー。

なんども来ていて、一般見学者には見ることのできないところを
見学したという自負を持っていたわたしにとっても、
初めての場所を見せていただける貴重な機会となりました。

 

続く。

 



 

 


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