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映画「戦場にながれる歌」〜國ノ鎮メ

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ディアゴスティーニ配信の戦争映画シリーズには、音楽ものが2作あります。

一つが以前ここでも取り上げた古川緑波主演「音楽大進軍」で、
「我らがテノール」藤原義江始め、当時の日本の第一線音楽家が出演する
「慰問音楽団」をテーマにした映画でした。

本作「戦場にながれる歌」は、陸軍音楽隊を養成する陸軍戸山学校に入隊した新兵が、
殆ど初めて楽器を持つレベルから演奏可能にまでシゴかれて戦地に出征、
そして迎えた終戦後に捕虜となるまでを描いた本格的な軍楽隊映画です。

 

海軍音楽隊ものでは、日露戦争で「三笠」に乗り組んだ軍楽隊を描いた
沖田浩之主演「日本海大海戦 海ゆかば」を取り上げた事がありますが、
陸軍音楽隊映画を観たのははわたしにとっても初めてのこととなります。

♩行進曲「青年」

どう聴いても戦後の作曲という曲調のテーマで映画は始まります。
この「青年」という曲、iTunesの陸自行進曲集DVDに収められていて、
耳なじみだけはあったのですが、今回この映画のために作曲されたことを知りました。

作曲者は団伊玖磨。
本作の脚本の骨子となったのは、戸山学校出身だった團伊玖磨のエッセイです。

それではまいりましょう。
昭和40年度芸術祭参加作品というせいか配役が異様に豪華です。

最初のシーンは、陸軍戸山学校軍楽隊に志願した新入隊者が、
雨の営庭に整列して最初の訓示を受けるところからなのですが、

音楽隊長小沼中尉を演じるのが当時人気絶頂だった加山雄三。

クレジットも一番最初だし、ポスターにもでかでかと写真があるので、
誰でも加山が主人公だと思ってしまいますが、実はそうでもありません。

しかしこの頃の加山雄三ってとんでもないイケメンですよね。
加えて世紀の二枚目俳優の御曹司、ヨットを乗りこなし音楽の才能ありと、
(ディナーショーで自作のピアノ協奏曲のさわりを弾いているのを見た限りは
あながち嘘でもないと思った)当時はスーパースター的存在だったとか。

本作では加山は戸山学校の校長で陸軍中尉ですが、軍楽隊で士官になるには
かなりのキャリアが必要なはずで、それにしては若すぎないか、と思います。

音楽隊軍曹を演じるのは名古屋章。

戸山学校入隊の日、楽器が決まっていない新兵には、軍曹が
名簿を見ながら適当に割り当て楽器を決めていきます。

え?軍楽隊に来る人の楽器が決まっていないってどういうこと?

そう、当時は今と違い、西洋楽器ができる者など滅多におらず、
軍楽隊員を募集したら、音楽学校の生徒以外はほとんどがアマチュア、
それどころか楽器など見たこともないようなのが混じっていたのです。

二瓶正也演じる鷲尾のようにチンドン屋でクラリネットを吹いていたという
「プロといえばプロ」という者ももちろんいましたが。


決め方は適当といえば適当だったようですが、身体の大きなものはチューバ、
歯並びが良いからフルート、といったように、ある程度適性は考慮していたようです。 

「作曲をやっておりました!」

この児玉清演じる主人公の三条孝が団伊玖磨という設定です。
団は東京音楽学校の作曲専攻学生でしたが、徴兵されるよりはと、
音楽で役に立てる軍楽隊を志願し戸山学校に入隊したのでした。

音大で団と同級生だった芥川也寸志も他14名の同級生と共に入隊し、
戦時中で8ヶ月に短縮された新兵訓練が終了した時には、
250名の中のトップの成績だったということです。(ちなみに団は4番)

「作曲う〜?あんなのは基地外のやることだ!打楽器!」

なぜ、とかどうして、とこの不条理に問い返すことはできない世界(笑)

映画には合いの手のようにところどころにこんな五線譜が現れます。
何かそれまでのシーンと関係あるのかと思って見ていましたが、
ほとんどはまっっっっったく関係ありませんでした。

新兵生活は何事も音楽の訓練、ということで歯磨きもランニングも4拍子で。
全てを指揮棒を見ながら行います。

下手すると自分の楽器の名前も知らない手合いがいるので、訓練は楽器の持ち方から。

楽器を持つこと一つとっても、軍隊式に怒鳴りつけられながらです。
右は教官役の桂小金治。

管楽器というのは全くの初心者にとっては音を出すことすら難しいのです。

「風が吹いても鳴る」サクソフォーンや、クラリネットは比較的簡単に音は出ますが、
オーボエやホルンなどは息を思いっきり吹き込んでも鳴るものではありません。
(経験談)

トロンボーンで四苦八苦している田胡を演じるのは当今長太郎。
「今日も我大空にあり」でフラれるパイロットを演じていた人ですね。

「この曲の音階名を言うてみい」

「ドーレーミーファー」

「このヤロー、ドレミファとはなんだ!軍楽隊では全てフランス語だ!」

(ソプラノで)「ユトーレーミーファー、やってみろ!」

いや、確かにフランス語のドレミでは

「ut re mi fa sol la ti 」

で、「ユト」を使うこともないではないですが、いくらフランス人でも
ドレミは普通にドレミだけどな。

余談ですが、なぜ「ド」が「ut」なのかというと、もともと音階は

Ut queant laxis
Resonare fibris
Mira gestorum
Famuli tuorum
Solve polluti
Labii reatum
Sancte Iohannes

というラテン語の聖ヨハネ賛歌の頭文字から取られているからです。
ユトって言いにくいのでドにしたんですね。

しかしなぜにフランス語?陸軍が軍隊の基礎をフランス式を導入したから?

当時日本はドイツイタリアと同盟だったのだから、イタリア式「ドレミ」か、
ドイツ式の「アーベーツェーデー」で全く問題なかったはずなんですが。

ちなみに日本の音大では、伝統的に音名にはドイツ語を使用します。
それだと例えばドミ♭ソの和音=ツェーエスゲーなどと瞬時に言えるからで、
もちろん三国同盟とはなんの関係もありません。

シャバで相撲取りだった青田は「大バス」を与えられました。
大バスとはチューバ、小バスはユーフォニウム、そして
スーザフォンはそのままスーザフォンと称しています。

スーザってアメリカ人なんですがいいんですか?

軍楽隊は戸外での演奏が主になるので、風が吹こうが雪が降ろうが、
常に営庭で立って練習が行われました。

教官を演じるのちの東京都知事、青島幸男。
「いじわるばあさん」がハマり役になるのはこの後です。

 

ところで海軍軍楽隊の人が書いた追想記にも、

「時として練習室の壁が血で染まった」

(海軍は部屋の中で練習できたらしい)とありましたが、
間違えれば棒を持った教官に叩かれ、殴られ、蹴り倒されるのが当たり前。
団さん曰く、

「そのせいで上達は皆驚くほど早かった」

音楽ってそんなもんじゃないだろう?と今の感覚では誰しも思いますが、
恐怖心からくる必死さは案外早く結果を生むものなのかもしれません。

このせいなのかどうなのか、中村紘子氏が書いていたところによると、
昔は間違った生徒を「叩く」ピアノ教師というのが結構いたのです。
叩くといっても頰を殴打するのではなく、間違えた手をピシャッとやるのですが。

戦争映画の陸軍上等兵というと「いじめ役」というイメージですが、
この映画も、新兵をしごき、難癖をつけて殴る上等兵だらけです。

三条は婚約者の写真を私物点検で発見され、三連符の練習と称して

「三津子さん、三津子さん、タタタタン、タタタタン」

と言いながら太鼓を叩かされる羽目になりますが、
インテリにはこういういじめが一番堪えるんですよねえ・・・。

(ex. 映画『わだつみの声』

ちなみに児玉清、この短いシーンで絶望的なリズム感の無さを暴露していますが、
三条は作曲専攻という設定なんでこれはかえってリアリティあるかなと(笑)

 

♬ 國ノ鎮メ

新兵たちがようやく音階練習に入った頃、全員に呼集がかかりました。
戦地から軍楽隊員の遺骨が白木の箱に入って帰還したのです。

 

「國ノ鎮メ」は戦前から陸軍軍楽と海軍儀制曲に共通する儀礼曲で、
現在海上自衛隊では「命を捨てて」とともに慰霊の式にしばしば用いられています。

が、

実はこの曲、「今日の祭りの賑わいを」などという歌詞を見ても
お判りのように、もともと葬送曲ではなく、元始祭や新嘗祭など、
どちらかというとおめでたい皇室行事に用いられてきた曲なのです。

もし、軍楽隊員の遺骨が帰ってくるようなことがあれば、
その時には陸軍でも海軍でも「命を捨てて」が演奏されたはずです。

なぜここでこちらが採用されたかは、映画後半で判明します。

画面には戦死した軍楽隊員の実際の遺品が映し出されます。

遺骨は満州から帰ってきたものでした。

「軍楽兵も戦死するんだな」

「俺たちにも手榴弾の投げ方とかもっと教えるべきだよな」

実際に戦死した軍楽兵の楽器の破片が遺品として存在するのかはともかく、
このシーンは軍楽兵を目指す彼らの衝撃をよく表していました。

彼らが呟いたように、実際にも、戦闘しないので死なずに済む、
と考えて軍楽隊に入隊した人も少なからずいたのです。

さて、場面は変わり。室内でのパート練習風景。
カメラは上から俯瞰で各部の練習の様子を映していきます。
彼らがパート練習を行なっている曲は、スッペ作曲「軽騎兵序曲」。
曲のいろんな部分が聴こえてきてなかなか面白いシーンです。

チンドン屋出身の鷲尾は、ただでさえ現役のクセが抜けず、
クラリネットを吹くと腰がどうしても揺れてしまうと叱られているのに、
反省するどころか、開き直ってチンドン屋のレパートリーをふざけて吹き、
そんな態度に真面目にやっている同僚がブチ切れます。

「先輩が遺骨で帰ってきた日になんだ!」

たちまち全員が巻き込まれる乱闘騒ぎに。

早速軍曹がやってきて、まず喧嘩の当事者がきっちり殴られ、
原因を作った鷲尾はまず問題の流行歌を皆の前で吹かされます。

そして全員が楽器を上に抱え上げ、鷲尾の演奏に合わせて腰を振らされる羽目に。

楽器を上に抱えてずっとその姿勢を保つ、という日本の軍楽隊特有の罰直、
誰が考えたのか、陸海軍軍楽隊どちらもが行なっていたようですね。

小さなフルートだろうが大きなスーザフォンだろうが御構い無し。
この不条理が軍隊というものなのです。

全編通じて音楽と現れる譜面が一致していたのはここだけ。
音符もゆらゆら揺れていました。

ちなみにこの譜面、最後のドの音にタイを付け忘れています。
団伊玖磨はこの演出には全くタッチしてないな(笑)

さて、新兵たちが待ちに待った休暇がもらえることになりました。
軍曹が点検時に皆に行き先を聞くと、皆一様にこう答えます。

「東郷神社に行き、靖国神社で参拝を・・・・」

しかし、真面目に靖国参拝をしたのはトランペットの鈴木だけ。

あとは・・・

「ムフフ・・」「おい入るか」「よし」

若い男の考えることなんて似たようなものです。

女郎屋に入るなり∠( ̄^ ̄)∠( ̄^ ̄)∠( ̄^ ̄)

靖国神社に行くとおっしゃていた軍曹殿となぜかお店でバッティング。
(海軍じゃないのでコリジョンとは言いません)

さもなくば食い気。
相撲甚句が上手いので軍楽隊に入隊したという青田は、
古巣のの相撲部屋でちゃんこ鍋に舌鼓を打っていました。

親方「楽器はなんだ」

青田「大バスです」

親方「なんだおめえ、運転手やってるのか」

青田「バスじゃありません。大バスです。楽器です」

親方「もう番付乗ったのか?」

青田「軍楽隊に番付はありませんよう」

三条は婚約者の美津子さんとお花見・・・・なのですが、
行くところがなくて(´・ω・`)としていたので連れてきた
フルートの中平が一人で喋りまくってすげー邪魔。

中平は入隊一週間前に結婚式を挙げた男でした。
この男も、死にたくないからと軍楽隊に入ったクチです。

「あなたが死んだら私も死ぬ、なんて言われたらさ、
嘘とわかっていても気持ちがいいもんだぜえ」

三人がお花見している後ろでは、なぜか騎馬を行う音声が流れています。

「お前黙ってろよ。俺、美津子さんと話がしたいんだ」

邪険にする三条ですが、後日、この日を涙とともに思い出すことになるのでした。

 

続く。

 


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