「撃墜王 アフリカの星」は、映画としての評価は高くありません。
これが他のパイロットの話だとしても普通に通じるような、いわば
みんなの考えるところのドイツ空軍エースの生涯、という感じに収まっています。
これは前編でもわたしが言い切ったように、映画の脚本が凡庸で
彼の陰の部分を魅力として描くことを放棄し、ロマンスを柱に
女性客を釣ろうとした作戦の失敗と言えるでしょう。
ところで、空戦中心のバトル・オブ・ブリテンの期間が長かったこともあって、
生涯撃墜数352機というハルトマンをトップに、ドイツ軍には
100機レベルのエースが多く、マルセイユのランキングは30位に過ぎません。
しかし超のつく美貌を持った彼は、生前から今でいうセレブリティの扱いで、
マスコミは彼を追いかけ、彼の写真は世の女性をときめかせ、
結婚の申し込みをしてくる手紙は引きもきらなかったといいます。
神様というのは時折神々しいほどの美形を生み出したもうものですが、
加えて、稀に秀でた才能までを惜しげもなく与えることもあり、
ハンス=ヨアヒム・マルセイユはそういう祝福された一人でした。
しかし、世の中には奇跡の一枚が評価されている例もあることだし、
(陸奥宗光夫人とか有名な鼓を打つ芸妓さんもそうらしい)
多少写真うつりがいいだけかとと思って探したら、冒頭動画がでてきました。
時間のある方はご覧くだされば、彼の実力?がお分かりいただけるでしょう。
しかも相当自分に自信もあったようで、残された写真の多いこと(笑)
(ちなみに今観たら、一枚この映画のスチールが混入しています)
加えて彼の、ドイツ人なのにマルセイユというフランス系の姓は、
彼の雰囲気作りに一役買っていたのではないでしょうか。
ちなみにマルセイユ姓は彼の父方の先祖がルイ十四世の迫害から亡命してきた
フランス系だからだそうで、学生時代は母親の再婚相手の姓、
ロイターと名乗っていましたが、のちにマルセイユ姓に変更しています。
カーチャンにピアノを聴かせているマルセイユ。
何を弾いているのかわかりませんが、ピアノを弾くドイツ軍将校、
しかもこの男前・・・・・カーチャンも見るからにうっとりですわ。
マルセイユの母は、戦後、映画「アフリカの星」を鑑賞したそうですが、
「息子の方がずっとショーン(美男)だったわ」
とかマジで思ったかもしれません。
ところで、彼のピアノの腕は相当なものだったらしく、あの
ウィリー・メッサーシュミットの家で演奏したこともあります。
ヒトラー、ボルマン、ゲーリング、ヒムラー、ゲッベルスの前で
「エリーゼの為に」を始め1時間くらい弾きまくったマルセイユは、
驚いたことに彼らの前でよりによってジャズを演奏し始めました。
すると、ヒトラーはおもむろに手をあげて、
「もう十分聴かせてもらった」
と言って出て行きました。(大人だねえ)
マグダ・ゲッベルスはこの悪戯を大いに楽しみ、また別の列席者の一人は
ラグタイムが流れた瞬間、「血が凍った」とのちに語ったそうです。
ドイツ軍人でありながらジャズを愛し、自堕落で権威を恐れず反抗的な美青年。
マルセイユは女性はもちろん、男性からみても
「彼には抵抗できない魅力があった」
ちなみに彼の飛行隊長はこんな風に彼を評しています。
「彼の髪の毛は長すぎたし、腕の太さほどもある軍規違反履歴書を持ってきた。
それに何より、彼はベルリンっ子だったため、イメージを作ろうとして、
ベッドを共にした多くの女性について語ることを厭わなかった。
その中には有名な女優もいた。
彼は気性が荒く神経質で御しにくかった。
30年後だったら、彼はプレイボーイと呼ばれただろう」
さて、映画の続きです。
新入りのクライン伍長が戦死した日、基地に帰ってきたマルセイユは、
クラインの遺品から彼の好きな曲(本作テーマの『アフリカの星』)
のレコードをかけます。
この映画の戦争映画らしくないのが軍歌の類が出てこないところで、
このテーマ曲も日本では「アフリカの星のボレロ」としてヒットしました。
生前のマルセイユは「Rumba del sol」(太陽のルンバ)という曲を好んでおり、
これを使うことも検討されましたが、版権の関係で新しく作曲されました。
冒頭動画のBGMに流れているのがこの太陽のルンバですので、
似ているかどうか聞き比べてみてください。
マルセイユが到着した北アフリカの基地には「洞穴バー」がありました。
この映画のカットには、写真に残るシーンを再現しているものが多いので、
このバーも本当に同じようなものが存在したのでしょう。
踊っているアフリカ人は実在の人物で、南アフリカ軍の捕虜でした。
ドイツ人は彼にマテアスと名付け、何かと用事をさせていましたが、
ある日マルセイユに目をつけられ?従兵として彼に仕えていました。
映画では周りが彼に叙勲祝いに「プレゼント」したことになっていますが、
これもなんというか普通に人種差別的な表現ですよね。
本物
それはともかく、マテアスはマルセイユの話し相手になり、
音楽を聴き、一緒に酒を飲んで、普通に友人付き合いをしていた、
という証言が残されています。
今後映画化するなら、メッサーシュミット家でのピアノのエピソードと含めて
この辺りをもう少し深化させてほしいものです。
(映画では踊って見せているだけ)
まるでユダヤ人の囚人服のようなパジャマのまま遊撃に出て
1日に8機撃墜し、大歓声で迎えられ胴上げされるマルセイユ。
撃墜記録54機で最初の鉄十字章を授与されました。
物資不足に多くの敵、苦しい戦いの中で厳しい訓練を自らに課し、
独特な戦法で相手に挑むマルセイユの撃墜数は大きく新聞にも報じられました。
基地にも報道陣がやってきて彼の周りを取り囲む毎日です。
彼はカメラマンにとっても格好の絵になる被写体でした。
そんな日々のうちにも、仲間は次々と戦死していきます。
黒い犬を飼っていた搭乗員もまた・・・(やっぱり)
マルセイユと撃墜数を争っていた(最初のうち)搭乗員。
虚無的なタイプで、こういうときに何かわけのわからないことを
つぶやいてみせるというキャラ設定です。
「その先(僕らは皆いずれ死ぬ)を言えるか?いいさ、構わない。
僕らはみんな・・・君も僕もロベルトもその言えぬ言葉なんだ。
神様でも口籠るほどのね」
翻訳がかなり変ですが、ドイツ語なので
英語みたいに検証できないのが辛いところです<(_ _)>
明日をもしれない戦いの中で、ある日マルセイユは
飛行隊長のクルーセンベルグ大尉に語りかけます。
自分が撃墜した航空機の数、それとほぼ同じ人数が
自分の行為によって亡くなったこと。
そして彼自身もいつそうなってもおかしくないこと。
「突然死んだらそこに自意識はあるのでしょうか」
そんなことを聞かれても隊長だって死んだことがないので困ります。
適当なことを言ってはぐらかそうとすると、マルセイユが
「答えられませんか?」
と絡んでくるので、仕方なく
「どんな国の人間でも理性のある人は戦争を憎む。
しかし何一つできないのだ」
答えになっておらず、マルセイユは不満げに帰って行きました。
休暇でドイツに戻ったマルセイユは実家で機嫌よく目覚めました。
十字勲章はネクタイのあとに着用するんですね。
故郷でも彼は話題の人として大忙し。
まずは新聞協会でドイツ青年の輝かしい手本として褒められ、
続いて母校での講演会に出席。
生徒たちは英雄を憧れの眼差しで見つめています。
しかしマルセイユの担任だった先生は、学生時代の彼について聞かれ、
「彼は・・・あの・・・その・・・
いつでも元気いっぱいの少年だったので・・」
よほど目立たないか、困った生徒だったに違いありません。
彼は校長から「冒険談」を求められましたが、訥々と、
アフリカの部隊の同僚飛行士たちについて話し始めました。
実際の彼も弁舌が達者なタイプではなかったようですね。
そんな彼の稚拙なスピーチを暗い顔で聞いている女教師がいました。
自分の教室を訪れ、懐かしげに座ってみるマルセイユ。
一番前の席にいたということは、彼は学生時代から
小柄な少年だったに違いありません。
すると先ほどの女教師がやってきます。
「まだ学生ですが教師が不足しているので教壇に立っています」
マルセイユはまだこの頃22歳、女教師が相手だと
確実にとかなりの年上になってしまうからこそのこの設定でしょう。
ベルリンで女優を含めいろんな女性と関係していたという
彼の行状は一切描かないのは、彼を聖人化するというより、
本作をラブロマンス仕立てにしたかったからだと思われます。
それに実際のマルセイユも案外素朴で、本命の女性に対しては
外見より内面を重視していたのかな、と考えさせられるのが
彼が婚約者のハンネと一緒に撮ったこの写真なんですよね。
ハンネ嬢には失礼な言い方かもしれませんが、美男というのは案外
恋愛相手の容貌に拘らないのかもしれないと思ったり。(失礼だな)
右側がハンネさんですよね。
もしかしたらハンネも女教師だったのかもしれません。
それにしてもマルセイユの水着姿、いけてな〜い(笑)
彼女にすっかりお熱のマルセイユ、戸惑う彼女に
畳み掛けるようにアプローチし、自分のペースに巻き込んでおります。
後ろは有名人のマルセイユに気がついたガキンチョの群れ。
壁ドンならぬ木ドンで迫ってみたり。
ポイントはデートにいつも制服を着ていることでしょうか。
水着姿を見る限り実物も「制服マジック」で底上げしてたと思うがどうか。
さっそく自分の友人であるロベルトの嫁に紹介します。
これもわたしに言わせると全く無駄なシーン。
ロベルトの嫁マリアンネと二人きりになると、ブリギッテは
「時間がないのに彼がグイグイくるんで困っちゃうけど
そんなこといってたらだめよねー」(意訳)
と「マルセイユを夢中にさせたいけないワタシ」をアピり、
マリアンネは
「時間は後で作れるわ。あなた心配じゃないの」
などとこちらもマウントを取りにきます。
男の預かり知らぬところで女の戦いが始まっていました。(´・ω・`)
とわたしが思ったのは決して深読みしすぎでもなく、
この後マリアンネと二人になったマルセイユが
「彼女どう?」「君にわかるかな?」
と感想を聞いているのに彼女はそれに答えず、
「馬鹿な話だが僕今幸福なんだ。わかる?」
と聞かれて初めて
「ヤー」
と一言だけ答えるということから、彼女が
夫の友人であるマルセイユを取られそうで
面白くないと思っているのを隠している感満点です。
電話から帰ってきてマリアンネが去るのを見届けた二人は・・。
お嬢さん、ついさっき
「彼を好きだけどわたしには時間がないの」
とか言っていましたが。
「明日はローマだ。
ムッソリーニ首相が金牌を授与することになった」
マルセイユは撃墜王として勲章をもらった後は、それこそ
ナチ上層部の前でピアノを弾いたり、講演をしたり、
宣伝映画に出たりと最大限プロパガンダに協力をしたようです。
1942年7月、死の2ヶ月前ヒトラーから勲章を受け取り握手するマルセイユ。
プロパガンダの一環、ヒトラーユーゲントに囲まれるマルセイユ。
サインするときもカメラ目線
ロンメルと握手するマルセイユ。
1942年9月16日、死のちょうど2週間前に撮られた動画です。
続く。