できるだけ世間からは忘れられた無名の戦争映画を紹介する、
というのが当ブログ映画部のポリシーの一つでもありますが、
その中でも今回の映画は無名度においては際立っています。
わたしもそうでしたが、おそらくみなさんの中で、この映画を
元々知っていた、観たことがある、という方もあまりないのではないでしょうか。
「潜水艦轟沈す」
とりあえずタイトルとパッケージから受ける直感で選んだこの作品ですが、
日本語タイトルが案の定タイトル詐欺そのものでした。
原題は「49th Parallel」。
北緯49度線とは赤道面から北に49度の角度をなす緯線であり、
そこには知る人ぞ知るアメリカとカナダ国境があります。
この国境が映画にとって重要なファクターとなるわけです。
いや、確かに潜水艦は轟沈するんですが(笑)
映画のタイトルとしては全く内容を言い表しているとはいえません。
というわけで、またしても日本の映画配給会社のセンスのなさに
絶望する羽目になった、ということをお断りした上で始めることにしましょう。
「本作品を制作に協力してくれたカナダ・米国・英国の全ての政府と人々に捧げる
そして我々の物語を信じて演じるために世界中からやってきた俳優たちにも」
という字幕が、雪山の空撮に重なります。
この映像とともに始まる音楽が素晴らしい。
Ralph Vaughan Williams: 49th Parallel (1941)
映画最初の出だしの音楽、しかも数小節でこれほど心を掴まれる例もそうはなく、
ほおー、と感心して聴いていたら、字幕に
Ralph Vaughan Williams (レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ)
と出てきたのでのけぞりました。
ヴォーン・ウィリアムズは、ホルストと並ぶイギリスで最も有名な作曲家です。
「グリーンスリーブスによる幻想曲」と言う作品が有名ですが、
本国では「惑星」のホルストよりも評価されているくらいです。
これだけで、作品の内容そのものに期待してしまうではありませんか。
ちなみになんとなく認識していたこの名前ですが、「ヴォーン」は
ファーストネームとかマザーネームではなく、ウェールズ特有の
『二重姓』で、ついでにファーストネームは「ラルフ」と書いて
「レイフ」と読むということを今回初めて知ることになりました。
そういえばレイフ・ファインズという俳優もRalphと書きますね。
これはイギリス風の古風な発音によるものなのだとか。
映画音楽の演奏は安定のロンドン交響楽団です。
そしていきなり北米の地図が現れ、モノローグが始まります。
「大陸を横切る1本の線がある。
連なる砦も、川も山も何もない。
それは100年前に取り決められた国境だ。
境界に隔てられた両国は同盟国である。
北緯49度は世界で唯一軍不在の境界だ」
映画のポイントがあくまでもこの国境線にあるというダメ押しです。
空撮は映画の舞台、セントローレンス湾を映し出します。
そのセントローレンス湾に突如浮上したのはドイツ海軍のU-37。
浮上シーンは実写で、これは捕獲されたUボートが搭載していた
ナチスのニュースリールの映像ということですが、撮影に使われたのは
ハリファックス造船所で建造された実物大レプリカなのだとか。
レプリカは空のオイルバレルを2トン分使って10日で制作したもので、
輸送するために五つのパートに分けることができる仕様となっていました。
映画が制作されたのは1941年。
1939年のポーランド侵攻を受けて制作された国策映画というもので、
カナダ政府もこの制作意図に協賛し制作に協力していたのですが、
いかんせんカナダは国境警備のため、潜水艦を映画に貸し出す余裕はなく、
制作側としてもレプリカで我慢するしかなかったようです。
ちなみに撮影の行われたニューファンドランドは当時まだカナダ領ではなく、
潜水艦の実物模型の持ち込みには関税と輸入税が要求されました。
制作側は知事に直接、ここで撮るのは戦争努力のための映画であると上訴し、
最終的に支払いを免れています。
浮上したU37の甲板に立つナチス将校。
わざわざ浮上して双眼鏡で自分たちが仕留め着底した貨物船を見物です。
「見事だな」「カナダと戦闘開始だ」
とキングスイングリッシュで喋るナチス将校。
おそらく右が艦長で左が副長だと思われます。
本作は、いつもの、
「英語で喋っていますがドイツ語だと思って観てください」
というあの方式ですが、ほとんどの作品がとりあえず
ドイツ語っぽい喋り方を心がける傾向があるのに対し、本作は
「ドイツ語のアクセントの痕跡すらない完璧なイギリス英語」
で押し通しております。
着底した「アンティコスティライト」号は早速ハリファックスにある
カナダ国防省の合同作戦室に無線を打ちます。
ところで、この沈められた船、さっきのカットと全く違う形ですよね?
そして哨戒機、駆逐艦などが派遣されました。
これはなぜかアメリカ陸軍のマークをつけております。
救命ボートに乗り込んだ船員たちを、司令官は呼びつけます。
一番高位の二等航海士に尋問を加え、船名と行先、
そして積荷が原油であることを聞き出します。
そこで自分を撮影しているカメラを怒りに任せて海に叩き落とした二等航海士、
すぐさま海に叩き込まれてしまいました。
ただの箱だよね
ちなみにこのときのカメラは本当に海に叩き落とす関係上、
ドイツ製なのに日光カメラにしか見えない代物です。
しかし感心にも?遭難者たちに攻撃を加えるわけでもなく、潜航していきました。
さりげなく部屋にはヒトラー総統が子供の頬を撫でている写真。
うーん、いくらゴリゴリのナチス党員でも、こういう写真を艦内に飾るかな。
潜航中の司令室では、司令官と艦長が、身を隠す場所を協議しています。
おそらく副長のエルンスト・ヒルト(Hirth)大尉は、ハドソン湾を提案しました。
説明はありませんが、水深があり、島が多いからだと思われます。
しかし氷山の多い海域、潜航は危険だ、とベルンスドルフ司令。
ハドソン湾のフィヨルドの奥の浜にたどり着いたU37ご一行様。
ベルンスドルフ司令はヒルト大尉と補佐のクネッケ大尉率いる6名を上陸させ、
交易所を占領して食料と燃料を調達するように命じました。
「君たちはカナダに足跡を残す最初のドイツ軍だ!
ドイツ軍の名に恥じぬ振る舞いを!
各自が任務を全うし総統閣下の壮大な理想実現に貢献せよ!
今日は欧州、明日は世界を征服する!」
「ハイル・ヒットラー!」
とかやっていたら、しっかりカナダ防衛局には足がついていて、
攻撃機がやってきてしまったじゃありませんか。
景気良く爆弾を投下する爆撃隊、そしてあっという間に「潜水艦轟沈す」。
タイトルにあるわりに、潜水艦が出てくるのはここまでです。
ダミーの潜水艦の爆発シーンは本物の飛行機を使って行われましたが、
爆発と飛行のタイミングが合わず、飛行機は何度も基地と現場を往復したそうです。
呆然とする上陸チーム。
つまりこの6名を除いてドイツ軍は壊滅してしまったのです。
もちろん彼らの住居でもあった潜水艦とともに。
「カナダの豚野郎!」
と叫んでヒルト中尉に頭を叩かれるヤーナー水兵。
つまりなんですか。
この話は、潜水艦が轟沈した後、敵地に取り残されたUボート乗員が
一人一人脱落していく、というサバゲー趣向かな?
さて、その襲撃目標であるハドソン湾沿いの村の交易所。
人懐こいエスキモーのニックが入り込んで勝手に料理しています。
そこにやってきたのはカナダ人ファクター。
そのとき風呂場からフランス語の鼻歌が聞こえてきました。
風呂に入っていたのは猟師ジョニーでした。
ところでわたしはこのフランス系カナダ人という設定のヒゲモジャの原始人が、
あのローレンス・オリヴィエ卿だと理解するのに大変な時間を要しました。
毛皮を獲る猟師で1年ぶりに帰還してきたという設定ですが、これはひどい。
少し解説しておくと、この映画はナチスの脅威に対して、
国際的に認識を高めるというのが目的で、英国情報省が依頼したものです。
しかし1940年当時、ヴィシー・フランスがドイツと同盟だったことから、
ケベック州の多くのフランス系ドイツ人は圧倒的に親ドイツでした。
映画はそういう層に対していわゆるプロパガンダを行う目的で作られています。
この映画に出演している最も有名なスター、オリヴィエ卿の役が、
フランス系カナダ人であるという設定は、まさしくその意図を感じさせます。
風呂に入り髭を剃ってさっぱりしたジョニーは、早速、
交易所の通信係でもあるアルバートとフランス語混じりで世間話を始めます。
ヒットラーは虚勢だけだから戦争にはならない、という浦島太郎のジョニーに、
「あほか、とっくにドイツは去年ポーランドに侵攻しとるわ」
カナダが戦争になるなんて信じられん、ドイツ人だって全員悪人じゃない、
とそれを聴いても相変わらずお花畑のジョニー。
(つまりこれが多くのフランス系カナダ人を表しているのです)
一緒に歌なんぞ歌っていたら、そこにやってきたのは話題のドイツ軍。
エスキモーはいきなり立ち向かって銃床で殴り倒されてしまいます。
ひでーことするなあ、おい。
一晩交易所を占拠し、ヒルト大尉はここからの脱出法を聞き出しますが、
答えは、
「船は1年に一度、次は7月」
というご無体なもの。
そうこうしていると、ミシガン州の通信所から連絡が入ります。
お互い氷に閉じ込められているもの同士、彼らは無線で
3日おきにチェスをしているのですが、ヒルトが無視することを命じると、
クネッケ大尉は、
「無線が通じなかったら事故があったと判断して連絡がアメリカに行くぞ。
そうしたらU37の撃沈が知れ、追っ手が来る!」
だから奴らにチェスをさせろ、と主張しました。
ここでの意見の食い違いは、クネッケ自身が言うように、理想主義のヒルトと、
エンジニア出身で船にも通信にも飛行機にも(自称)詳しい、
現実主義のクネッケの人間性の違いであり、おそらく日頃の対立が根にあります。
ジョニーは見張りの若いドイツ兵、ヤーナーをからかっています。
最寄りの駅名が「チャーチル」だと聞き、条件反射で
「チャーチルッ!」と憎々しげに呟いてしまう彼にウィンクしたり、
「なあ、ベルリンでは皆こうやって歩いてるのか?」
「そうだ」
「あ〜・・・(ニヤリと笑って)なんで?」
そして、銃を持ったクネッケ大尉が横に張り付いて、
「あまり良くない手だ。次の手は?」
などと仏頂面でツッコミを入れながら見守る、
妙なチェスシーンが展開されるのでした。
このせいで、わたしはこのシーンまでは、
「もしかしたらドイツ兵と現地の人のほのぼの交流の展開もありか?」
と、儚い期待をしてしまったことを告白します。
ヒルト大尉は駅への案内を拒否するジョニーに、
「フランスはドイツに降伏したのだ。
フランス系カナダ人もフランスから開放されて自由になるべきだ」
と独善的に言い放ち、
ヒトラーの「我が闘争」を恭しく出して(よく持ち出せたな)、
これが聖書である、などと「布教」を始めたりします。
そのときです。
アルバートの無線のチェス相手の奥さんが、新聞を見て騒ぎ出しました。
ハドソン湾でUボートが哨戒機によって撃沈されたというニュースが、
ついにアメリカにも報じられたということになります。
それを知るや、彼らがここにいるということを相手に知らせようとして、
ジョニーは無線に向かって駆け寄るそぶりを見せ、撃たれてしまいました。
彼を撃ったのは、さっきから彼が盛んにからかっていたヤーナー水兵です。
ヤーナーがついでに無線機も叩き壊してしまったため(バカ?)
それを治している一晩中、放置されているジョニー。
ドイツ軍が逃避行のために家中から洋服や食べ物を漁っていると、
そこに定期便の水上機がやってきました。
何も知らずに迎えのエスキモーのカヌーに乗って上陸する
水上機のパイロットたちですが・・
ナチスのお迎えです。
驚いて踵を返し逃げようとした二人を、
「足を狙え!」
というヒルトの注意も虚しく、周りのエスキモーらと一緒に射殺してしまいました。
ちなみにこのパイロット役は本物の搭乗員です。
彼はこの映画出演ののちカナダ軍の航空隊に入隊し、若くして戦死しています。
こちらは交易所に横たわる瀕死の猟師ジョニー。
ヒルトらが部屋を後にしようとすると、縛られているファクターが呼び止め、
同じキリスト教徒ならば、彼に水をやってくれ、と頼みます。
「私はキリスト教徒ではない」
と言いながらも瀕死のジョニーが何か言いたげなのを見て、
「彼は何が言いたいんだ」
「十字架が欲しいんだろう」
ヒルトが
「そんなものが何の役に立つ?」
と言いながらジョニーの口に水を含ませて去ろうとすると、
ジョニーは最後の息を振り絞り、
「もし・・カナダが戦争に勝ったら、ドイツに宣教師を送ってやるよ」
これは、以前この街にいたドイツ人の宣教師が実はスパイだった、
とヒルトが暴露して聞かせたことに対する意趣返しとなっています。
ジョニーを冷酷な目で見下ろしながら彼の最後の皮肉を聴くヒルト大尉。
ドアの外で聞いていた部下のフォーゲルは、立ち去り際に
素早くジョニーの胸に自分の十字架を置いてやります。
「ありがとうよ、兄ちゃん(Laddie)」
しかしフォーゲルはその後、何を思ったか、次の部屋に貼ってあった
カナダの国王夫妻の写真を引きはがし、
荒々しく壁に銃剣で鉤十字を刻んで交易所を去るのでした
続く。