シカゴの科学産業博物館に展示されている
アメリカ軍によって捕獲されたドイツ海軍のU-505シリーズです。
このU-505のアングルは、最上階から降りてきて
展示室の最後に振り返ったときに見えるもので、
別のアングルでも何度かお見せしていますが、
U-505が魚雷を発射した瞬間が再現されています。
おそらく、潜水艦の魚雷発射の実際にこれほど肉薄した
博物館展示は、世界のどこを探してもないだろうと確信します。
そして、実際の魚雷発射孔が、こんなはっきり見られることも。
発射されている反対側の発射孔のドアも開いています。
アップにしてみました。
G7魚雷の直径は533ミリだったということなので、
発射孔の大きさもそれにプラス何センチというレベルだと思います。
内部にライトのようなものが見えますが、
光っているだけでそうではないと思われます。
ところで、上から見た最下階に、前回紹介した
G7e訓練魚雷が展示されているのですが、
デッキのような仕切りの向こうにも、魚雷らしきものが展示されています。
今日はこちらの展示物をご紹介しましょう。
■T5音響魚雷
こちらには輪切りにされた魚雷が横たわっているのでした。
T5(V)音響魚雷 Acoustic Torpedo
は、敵艦艇のスクリューの音を検出し、その方向に向かって航走しました。
この音響技術は非常に複雑で、また驚くほどにセンシティブでした。
そのホーミング(追跡)ギアを司るエレクトロニクスは、
11個の真空管、26 個のリレー、1,760 のワイヤ接続、
および 33,000 ヤードにわたるワイヤで構成されていました。
最後のパトロールで、U-505 は3基の T5 音響魚雷を搭載していました。
そして、軽空母「ガダルカナル」を旗艦とするタスクグループとの攻防で
T5を1 発だけ発射しましたが、それは失敗しています。
アメリカ海軍がボートを拿捕したとき、残されていたT5 魚雷は、
すぐさま研究され、効果的な防御法が編み出されることになります。
【開発】
T5はドイツ海軍では聖s機にTVですが、アメリカだと
テレビの意味になってしまうので、ここではあえて5を使っているようです。
さて、連合軍の護衛艦が攻撃艦を武器で圧倒するようになって、
ドイツ軍は対護衛艦用兵器の開発を急務としました。
音響ホーミング魚雷の研究は1934年にすでに始まっていましたが、
技術の成熟は遅々として進んでいませんでした。
音響魚雷は2つの水中聴音器をベースにしたもので、
これらを並べて設置することで、
魚雷が目標の音の特徴に合うように誘導できるのです。
もう少し詳しく説明すると、
パッシブ・アコースティック・ターゲティング・システムは
磁歪発振器を備えた2つのホーン受信機からなり、プロペラの音波を拾います。
そして受信方向を空気-電気式オートジャイロシステムを介して
魚雷の舵に伝達するのです。
魚雷が発する自己ノイズの問題で、達成できる最高速度は25ノット程度、
また、センサーは12~19ノットの速度で動く目標にしか反応せず、
護衛艦がそれ以上の速度で移動すると、追尾が難しくなってしまうので、
やむを得ず、装薬距離(ターゲットまでの距離)は250mに短縮されました。
つまり魚雷を撃つには少なくともこの距離まで
接近しなければならなかったということです。
遅々として進まなかった研究でしたが、1942年初頭に最初のモデル、
T IV(G7es)ファルケ Falke(隼)
が誕生します。
このバージョンは、速度20ノットでの最大射程が7,500メートルでした。
しかし、速度が遅いことととマグネティックピストルがないこともあって、
次世代に引き継がれるまでの短い期間しか使用されませんでした。しかも完成して6ヶ月で次のバージョンができたので、
これを搭載した潜水艦はわずか3隻だけにとどまりました。
そして次世代型として生まれたのが、
T Vb(G7es)Zaunkönig(Wren・ミソサザイ)
です。
隼からミソサザイへ。
日本語ではそこはかとなくダウングレード感が漂いますが、
ドイツ語では特に鳥の強さに問題はなかった模様。
【T5の効果が過大評価され”がち”だったわけ】
音響魚雷は、発射した後、くるりと向きを変え、自分を撃ったボートを
振り向きざまに沈めようとすることも少なくなかったため、
(少なくとも1隻、U972はこれで沈んだと言われている)
これを発射した後は、できるだけ早く深く潜って逃げる必要がありました。
(その際指定されていた安全深度は60mというものでした)
そして音響機雷の性質上、艦尾管から発射させた後は
艦内艦外共に完全に沈黙すべし、とされていました。
TVは、T III型をベースにし、磁気ピストルと接触ピストルを併用し、
速度24.5ノット、最大射程5,750メートルを実現しました。
しかし、魚雷そのものが目標に当たる前に自爆することが多く、加えて
発射するUボートは前述の理由で急いで深く潜る必要があったため、
目視できず、早期爆発を命中と誤認しがちという問題がありました。
その結果、戦時にはあるあるですが、魚雷の精度がやや誇張されて主張され、
性能とその効果を正しく見極めるのに、要らん時間がかかってしまいます。
御大デーニッツが、
これ、もしかしたらあんまり効果ないと違うか?
とT5の効果を疑い始めたのは、1944年の春になってからのことでした。
【ダメダメだった連合国の対抗策】
連合国は、この「ミソサザイ」が運用開始される前から、
これに関する多くの情報を持っていました。
スパイがいたのか、どうやって情報を盗んだのかは謎です。
さすがはスパイの本場イギリスですね。知らんけど。
とにかく、ドイツで音響魚雷が使用されていることを確認すると、
すぐに対音響魚雷装置、「フォクサー」Foxerを導入しました。
簡単にいうと、ノイズ式のデコイです。
HMS「ハインド」Hind U39
の後部デッキにある「フォクサー」デコイ
このノイズメーカーは、軍艦の後ろから曳航され、
魚雷の音響センサーに対する囮の役割を果たしました。
しかし、こちらもこちらで問題だらけでした。
音響魚雷をおびき寄せるためとはいえ、発する音が大きすぎて
護衛艦の位置を数キロ先まで高らかに宣伝することになり、
本来なら気づかない距離のUボートまで呼び寄せてしまいがちだったこと。
写真を見てもわかりませんが、デコイの発進と回収に多大な時間を要するわ、
サウンドブイを曳航するだけで船の速度は大幅に遅くなるわ、
そもそも引っ張っている護衛艦の操縦性が低下するわ、
さらに、護衛艦のセンサーやソナーにも干渉を及ぼすわで、
実際はほとんどその役割を果たせなかったといっても過言ではありません。
そんなこんなであまり良くできていたといえなかったフォクサーですが、
Uボートの乗員にとっては、それなりに脅威だったらしく、
攻撃でよくない結果になると、それをフォクサーのせいにして、
”verdammte Radattelbojen”
「忌々しい車輪のサドルブイ(?)」
などと罵っていたそうです。
【真実のT5の戦果】
追撃してくる駆逐艦やコルベットに対して成功を収めたこともあったものの、
音響誘導がまだ非常に不正確だったため、
「ミソサザイ」TVはしばしば敵艦の背後で起爆したりしていました。
そしてその掛け値無しの戦果についてこんな話があります。
1943年9月20日から24日にかけて行われた、20隻の潜水艦からなる
「ロイテン」グループによる輸送船団ON-202に対する攻撃で、
ミソサザイTVが初めて大規模に投入されることになりました。
このとき、ロイテングループのUボート指揮官は、
魚雷の爆発音を聞くたびに命中したと思い込み、
戦闘後に商船9隻、護衛艦12隻の撃沈を報告しました
が、実際の戦果は
商船6隻、護衛艦は駆逐艦1隻、フリゲート1隻、コルベット1隻
でした。
まあ、なんだ。
商船の数はわりと近い線いってたってことでドンマイ。
さて、ここにあるのがT-5なので解説は一応ここまでですが、
ついでなので、この後もお話ししておきますと、
ドイツ軍が取った対抗策は、次世代の開発で、
船のスクリュー音に正確に反応する音響魚雷を導入しました。
音響魚雷の二代目、
T XI (G7es) Zaunkonig IIミソサザイ2
です。
このツァウンコーニッヒというネームを現場は気に入っていたのか、
同じ名前の二代目として名付けています。
この第二代音響魚雷は、射程距離と感度が向上し、
9ノットで移動する目標を追跡することができるようになりました。
また、ツァウンコーニヒIが水深15mから発射できたのに対し、
ツァウンコーニヒIIは水深50mから発射可能でした。
現地ではTV魚雷がこのように文字通り輪切りで展示されています。
【機首 NOSE PIECE】
TV魚雷の機首には、音を感知するハイドロフォンが装備されていました。
発射されると魚雷は4分の1マイル(400メートル)直線を移動します。
その後、ハイドロフォンが最も大きな音を探索し始めます。
ここで問題になったのが、その「最も大きな音」が、実質ほとんど
魚雷を発射した当のUボートのスクリュー音だったことです。
(笑っちゃいけないけど笑)
魚雷がUボートの音をターゲットとして検知したが最後、
それはくるりと振り向いてこちらに向かってくるのだから、これは怖い。
だからUボートは発射して、TVが400メートル直進している間に
急いで潜航して身を隠す必要があったのでした。
【弾頭 WARHEAD】
弾頭には、ピストルまたは信管で起爆される
600 ポンド以上の爆薬が装填されていました。
T5 魚雷には2 種類のピストル:衝撃式と磁気式が含まれていました。
衝撃式=インパクトヒューズは接触時に発火し、
衝突の衝撃で振り子が動き回路をつなげます。
弾頭のコイルは、尾部の送信コイルと連携して、単純な磁場を形成、
魚雷が船の磁場に入ると、信管が作動する仕組みでした。
【バッテリーコンパートメントと魚雷本体】
外側にはTVと魚雷の名前がステンシルされています。
TV魚雷の胴体部分は、すべての電気魚雷と同仕様です。
本体にはモーターに電力を供給し、魚雷を目標に向かって推進させる
バッテリーが内蔵されていました。
ボディには、ステアリング機構に空気を供給する
5つの空気フラスコも保持されていました。
【尾部構造 TAIL ASSEMBLY】
ノーズピースが敵の音を感知すると、エア・ジェットが
尾部の後部舵に指示を出し、魚雷をノイズの方向に向けます。
テールの電気モーター、ステアリング コントロール、
深度維持装置、スクリューがこの一連の動きを実現させます。
そして着弾時、尾部の黒いゴム製送信コイルと弾頭の受信コイルが衝突し、
魚雷の磁場を乱して導火線を作動させます。
魚雷の展示ケースの横で放映されていたビデオです。
魚雷発射管に装填するところだと思われます。
ドイツ海軍ではなんというのかわかりませんが、
おそらく砲雷長を務める士官だと思われます。
Uボートの砲雷長なのでおそらく中尉か、
U-505は艦長・副長が中尉だったので少尉だと思いますが、
それにしても若いですね。
続く。