「禁じられた遊び」「太陽がいっぱい」「パリは燃えているか」
「雨の訪問者」・・・・・。
これらの不朽の名作を世に生み出したルネ・クレマン監督が
若き日に挑戦した、潜水艦内という極限状態での集団心理ドラマ、
それが今回の「海の牙」です。
原題は「Les Maudits」、英語圏では「The Damned」と翻訳され、
どちらの意味も「呪われた者たち」という意味になります。
邦題の「海の牙」はいい感じですが、映画のどこにも存在しない言葉です。
映画の内容を考えても、どこからこんな言葉が出てくるのか謎。
潜水艦が舞台ということで何がなんでも「海」を入れたかったのでしょうが。
それにしても「牙」って何?意味不明。
どうして素直に「呪われしものたち」としなかったのか。
まあ、原作に忠実なつもりで、
「呪われた潜水艦」
としなかったことだけは褒めてあげてもいいです。
(でも絶対その案も企画の段階で出たに1フランスフラン)
■ Uボートの人々
蝋燭の光のもと、ノートに何かを書き綴る手元の映像で映画は始まります。
これが誰の手で、いつ何を書いているのかは最後にならないとわかりません。
1945年4月18日。
ここはドイツの支配から解放されたフランスの南西部、ロワイアン。
戦争中避難&疎開していた人々が街に戻ってきていました。
瓦礫の散乱する道を歩き、以前住んでいた家に戻ってきたのは
ここで生まれ育った医師、ジルベールという人物です。
彼の名前は日本語媒体だと「ギルベール」と表記されていますが、
普通はGirbertという綴りはフランス語だとジルベールとなるはずです。
念の為、映画内で確かめようとしたのですが、
作品中彼の名前が発せられることは一度もありませんでした。
部屋の片隅で見つけた幼き日に使っていたハーモニカを吹きながら、
彼は戦争が終わって平穏な毎日が戻ってくることを願っていました。
すぐに別のところにいた妻(か恋人)もここに戻ってくるでしょう。
しかし、その希望を打ち砕き彼の人生を変える出来事が、
同じ頃、遠く離れたオスロですでに始まっていたのです。
ここはノルウェー、オスロのドイツ海軍潜水艦基地。
ベルリン陥落の数日前、ここに集結してきた人々がいました。
ドイツ国防軍のフォン・ハウザー将軍。
ナチス親衛隊員、フォルスターとウィリー・モラス。
フォルスターはウィリーを「部下」と紹介しています。
映画の中で彼は「親衛隊長」と呼ばれているので、
陸軍の三つ星将官に相当する「高官」ということになります。
退役したとはいえ、実はハウザーと同等かそれ以上という立場です。
彼らはドイツ崩壊前になんらかの任務を負って潜水艦に乗り込むようです。
撮影に使われたUボートは、戦後すぐだったこともあって
残っていた本物が使われています。
このシーンは本物の潜水艦基地から本当に出航させています。
男たちの視線の中、オセロットの毛皮を着こんで乗り込んできたのは、
イタリア人実業家ガロシの妻、ヒルデ、30歳。
彼女はズデーデン地方出身のナチス信奉者であり、
フォン・ハウザー将軍が同行させた彼の愛人です。呆れることに、ナチスの協力者である彼女の夫も同行しています。
彼女の夫ガロシはムッソリーニの信奉者で、工場経営で富を築き、
そのおかげでこの特上美人妻をゲットしたものの、
いつのまにか嫁がナチス高官とできてしまったのを知りながらも
立場上見て見ぬふりをしている辛い立場ということになります。
しかも、フォン・ハウザーに対する周りの忖度か指示かはわかりませんが、
潜水艦では夫でありながら妻と部屋を一緒にしてもらえないという扱い。
全く馬鹿にされていますが、ガロシはそんな妻に強く執着しています。
ですが、自分が愛されているという自信もないものだから、
こんな状態でも下手に出て彼女を責めることができません。
潜水艦での初めての夜、彼は妻の部屋に忍び込みますが、
ヒルデはそんな彼を冷淡に追い払いました。
彼女にとってガロシは単なる金蔓なのは確かですが、
だからってフォン・ハウザーを愛しているのかというとそれも違いそうです。
要は金と地位を得る手段として男を利用してきた女ということなのでしょう。
一連の夫婦の会話はフランス語で行われます。
この映画では、ドイツ語とフランス語が入り乱れ、
一部の者以外はどちらも理解できるという設定です。
ガロシ夫婦はイタリア人とドイツ人ですが、乗り込んできたのも
ヨーロッパの枢軸国を中心に多国籍にわたるメンバーです。
左はフランス人ジャーナリストのクチュリエ。
右はノルウェーの科学者エリクセンとその娘イングリッド。
エリクセンは娘と違ってフランス語もドイツ語も喋れません。
出航してから全員が初めて顔合わせした席で、
フォン・ハウザー将軍から任務についての説明が行われます。
っていうか、詳細も知らないで自発的に潜水艦に乗る人なんている?
曰く。
「我々はこれから南アメリカで人脈を駆使して情報局や施設を設置し、
ドイツから総統始めナチス指導者が到着するのを待つ。
そこで建て直した第三帝国で世界に対し勝利するのであ〜る」
乗り込んだメンバーには皆それなりの役目があるようです。
実業家のガロシは海外にいる同胞との連絡係、
ジャーナリストのクチュリエは宣伝と広報担当、
学者のエリクセンは研究(何の学者でなんの研究か謎)などなど。
こんな自発性のないメンバーでそんな大事業が成し遂げられるものかしら。
■ 負傷したヒルデ
潜水艦はスカンジナビア半島を出て英仏海峡に差し掛かりました。
カレー海峡は最も危険な海域と言われているポイントです。
そこでUボートは英軍艦艇に発見されてしまいました。
潜水艦の角度を示す照準器(初めて見た)。
目標深度270mからは、エンジン停止して沈降を継続。
さらに深度を下げる潜水艦に、駆逐艦は爆雷を雨霰と落としてきます。
この緊張と恐怖、初めて潜水艦に乗った一般人には到底耐えられません。
浸水に気づいたガロシ、よせばいいのに慌ててそれを妻に報告。
するとこちらもよせばいいのにわざわざベッドから立ち上がるものだから、
爆発の揺れでドアの角に額を強打してしまいました。
不運にもヒルデ、打ちどころが悪くて昏睡状態に。
「愛する妻よ・・私のせいだ・・・」
とイタリア語でしょげるガロシ。
ただでさえ疎まれているのにさらにこれで嫌われてしまいそうですね。
フォン・ハウザーは彼女を軍医に診せるために
フランスのロワール潜水艦基地に上陸することを提案しました。
しかし、到着してみると、基地にはフランスの旗がはためいています。
ロワールからドイツ軍が撤退したことを彼らはこの時初めて知ったのでした。
しかし、フォルスターは夫人を下艦させろと言い張ります。
ハウザーの愛人枠で乗ってきたヒルデなど、
なんの役にも立たず、邪魔なだけだからですねわかります。
フォルスターはフォン・ハウザーになんの遠慮もしておらず、
フォン・ハウザーも、フォルスターに向かって、
「私に言わせれば君の部下(ウィリー)の方が用無しに見えるがね」
と言い合いになります。
そして、使えるやつかどうかこの際試してやる、と言い放ちます。
おっしゃる通り、親衛隊長の部下にしては、このウィリーという若造、
態度が悪くて覇気がなく、なんの役にも立たなさそうなDQN臭ふんぷん。
ナレーションによると、ウィリーはドイツ人ですが、
フランスでゴロつきをしていてフランス語が堪能という人物。
(演じているのはミシェル・オクレールというフランス人俳優)
そもそもそんな男がなぜ元親衛隊長の部下に?と疑問が湧きます。
このやりとりから、もしかしたら実はこの二人、
フォン・ハウザーとヒルデみたいな関係?とわたしは思ったのですが、
ナチスは同性愛禁止(バレたら収容所行き)だったしなあ・・。
とにかく、この狭い艦内で覇権争いを始めた二人のドイツ人によって、
ウィリーとフランス人のクチュリエがロワールに上陸し、
ヒルデを手当てする医師を「調達」してくることが決定してしまいました。
その頃、フォルスターは、ロワールからドイツ軍が撤退していることを
知っていながらなぜ言わなかったかと通信士に八つ当たりしていました。
「役立たず!」「オーストリア人のくせに!」
などと無抵抗の通信士を罵ります。
オーストリア人っていうのはこのドイツ人にとって蔑みの言葉なんだ・・・。
あれ?ヒットラーってどこの出身だったっけ。
■ 拉致された医師
さて、そのときロワールのジルベール医師は急患の診察をしていました。
赤ちゃんと、抱いてきた老婆、どちらもが病気です。
彼女らが出ていくと、入れ替わりに潜水艦の拉致実行組がやってきました。
クチュリエが「妻がそこで事故に遭って」と嘘をついて往診を頼み、
一緒に外に出た途端、残りの二人が銃を突きつけながら取り囲みます。
医師はわけわからんままUボートに押し込まれ、
そのまま潜水艦後方へと歩かされました。
前部魚雷発射室からマニューバリングルームを通り、
エンジンルームを抜け、
司令塔を通り兵員バンクを見ながら歩いていくと、
士官寝室があり、ここに負傷者が寝ていると言われます。
ヒルデを診察した医師は、額の傷は大したことないが、
脳震盪を起こしており、放っておいたら死んでいたと言います。
脳震盪で死んでいたかもしれないって、硬膜外血腫で出血していたってこと?
それなら注射なんかでは治らないとおもうけどなあ。
もしかしたら本当は大したことないけど一応そう言ってみた的な?
そのとき、まだ治療が終わってもいないのに艦内が騒然とし始めました。
潜水艦は出航を始めたのです。
「しまった、やられた!」
ジルベール医師が内心叫んだ時には、時すでに遅し。
おいおい、俺をどこに連れていく気だよ。
ていうか、このUボート、なぜ最初から軍医なり乗せとかないのって話ですが。
愛人はともかく学者やジャーナリストなんかよりよっぽど必要でしょうに。
やられた!と思いつつ仕方がないので寝ていたギルベール医師ですが、
鐘の音で目を覚ますと、
にゃあにゃあと鳴きつつ近寄ってくるハチワレ猫あり。
クチュリエが「まるでノアの方舟だ」と多国籍の乗客を評しましたが、
潜水艦内は独仏伊那威墺太利猫という陣容だったわけです。
こんなとき人はこれをモフらずにはいられないものなのである。
すると、Uボートの乗組員がやってきて、ドイツ語で問いかけます。
「食事を皆と一緒にどうですか」
ジルベール医師は反射的にドイツ語で返事をしてしまいましたが、直後に
「しまった!」
と後悔します。
なぜドイツ語がわかることを隠さねばならないのでしょうか。
もしかしたら、本名ギルベルトというドイツ人だったりする?
■ 生き残りを賭けて
テーブルに着こうとすると、隣のクチュリエが読んでいるのは
自分の家の玄関に置いてあった新聞であることに気が付きます。
こいつ人んちのもの盗んでおいて堂々としてんじゃねー。
彼はここではドイツ語の質問もわからないふりを通すことにしました。
さっきドイツ語で会話したばかりの乗員が変な目で見ていますが?
彼がそれを隠すのは、とにかく生きて帰るために慎重にってことなんでしょう。
知らんけど。
呼ばれて医師が席を外した途端、冷酷なフォルスターは、
あいつ怪しいし、用は済んだから始末しようなどと言いだします。
おいおい、使い捨てか。
艦長に具合の悪くなった乗組員を診察させられたジルベール医師、
この状況で生き残るため&拉致られた腹いせを兼ねて、
ただの風邪の乗組員を伝染病だと嘘をいいます。
伝染病患者が出れば医師が必要とされ、自分の身は当分安全になるし、
隔離やなんやで狭い艦内でみんなの苛立ちがつのり、憎悪が蔓延して
互いに潰し合いを始めるかもしれないという目算もありました。
彼は考えたのです。
狭い空間での集団生活は、訓練された軍人でもない一般人には拷問と同じ。
たとえ海軍軍人でも、潜水艦内で隔離患者が出たりすれば同様でしょう。
「僕が作り出した海に浮かぶ強制収容所」
彼は脳内でうそぶきます。
そして周りを注意深く観察するだけの精神的余裕を得ました。
その時通信士が「具合が悪いから診てくれ」と彼を呼びます。
悪いところはないみたいだが、と言って外に出ようとする医師に、
通信士は格納庫にゴムボートがあることを小声で告げました。
さらに甲板に出た際、学者の娘、17歳になったばかりのイングリッドから、
潜水艦の行き先が南アメリカであること、そして
フォルスターがあなたを殺したがっているから気をつけるようにと囁かれます。
周りは彼の敵ばかりではなさそうです。
その頃艦内では、昏睡から覚めたヒルデが旦那を責め立てていました。
医師を拉致してきたのは彼の考えだと吹き込まれたようです。
「僕は君と将軍のことを知っても何も言わなかったのに」
「なんですってー!きいー!」
あーもうずっと昏睡してろよ。
フォルスターとウィリーはそんなガロシを呼びつけて、嫌味っぽく、
「あんた・・実は(第三帝国の)勝利を疑ってるんだろ?」
イライラが高じていちゃもんつけてみました的な?
閉鎖された艦内に憎しみと苛立ち、疑念と嫌悪が形になってきつつあります。
そのとき、一斉に水兵が水密扉を閉め始めました。
潜航が始まることに気がついたジルベール医師は、
脱出するなら今だ、と行動に移します。
内側のハッチが閉められる前に、ボートのありかを探さねば。
ラッタルを上っていく医師を、通信士は部屋からじっと見ています。
そこには通信士の言った通り、オールとガスボンベはありましたが、
外側のハッチを開けてみたら、
あれ?甲板に誰かいる?
わけがわからんままに慌ててて艦内に戻ります。
とにかく通信士が信用できる人物であることが確認できました。
ところでさっきの人・・・・・誰?
続く。