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Channel: ネイビーブルーに恋をして
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ブリーフィングでのある質問〜日向灘・掃海隊

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出航の後、しばらく艦橋の中の装備について説明していた隊司令ですが、
行動海面までまだしばらくかかるので、といって全員に中に入ることを促しました。
これから報道陣用にブリーフィングが予定されているとのことでした。



たしか艦橋から2階分降りたところに、食堂とラウンジのようなところがありました。
ラウンジには本日のメディアツァーのブリーフィングを行うための用意がしてあります。



まずブリーフィングを行う隊司令の権田2佐が挨拶をし、続いて
「えのしま」艇長川島3佐が紹介されました。

後ろのモニターは、わざわざこのために用意されたスクリーンで、
掃海隊の任務と掃海の歴史について、全てを説明してくれる構え。
わたしは今回の訓練見学が決まってから、掃海隊の訓練と、その歴史について
それなりに下調べをしてから臨んではいましたが、このような
レクチャーをしてくれるとは、全く想像もしていなかっただけにありがたかったです。

ブリーフィングは、参加者のほとんどが報道関係者(一般はわたしとミカさん含め3人)
であることから行われたようで、参加者の何人かは取材ノートを広げ、
びっしりと鉛筆でメモを取りながら話を聞いていました。

艇長の後ろはブリーフィング資料のトップページとなりますが、
この写真に並んでいる3隻の掃海艇は、第401掃海隊の3兄弟、(独自の判断で
掃海艇は勝手に男子扱いしております)「えのしま」「ちちじま」「はつしま」。

意外なのですが、3兄弟がこのように並ぶことはあまりなく、珍しい写真だそうです。



まず「機雷戦」そのものについての説明からです。
「機雷」というのが「機械水雷」の略であるということを初めて知りました(笑)



これはアメリカ海軍の強襲揚陸艦「トリポリ」がイラクで触雷したときの写真。
「トリポリ」は「イオージマ」級強襲揚陸艦の5番鑑です。

この「イオージマ」級というのは、全て退役して後継はありませんが、
命名基準というのが「古戦場」で、「トリポリ」も「トリポリ戦争」から取っています。
(海兵隊賛歌の歌詞にも”From the halls of Montezuma To the shores of Tripoli,”とある)

その他の名前がすごくて(笑)

2番艦「オキナワ」、3番艦「ガダルカナル」、4番艦「グアム」
6番艦「ニューオーリンズ」、7番艦「インチョン」

なんかこういう地名を名前にしてしまう感覚が日本人とは違うよね。って超余談ですが。



実際の被害ではなく、実験的に被害を調査するために爆発させたものでしょう。
真ん中で爆発した場合、船はポッキリと半分に折れてしまっています。

先日特攻の「心理的効果」、つまり「戦果」についてお話しする機会がありましたが、
この機雷戦ほど、少しの投資で(一つの機雷は大変安価である)相手に
心理的脅威を与え、経済封鎖をして打撃を与える「費用対効果」の絶大な戦法はないとのこと。

終戦近くの日本に対し、アメリカ軍は「飢餓作戦」(オペレーション・スタベーション)として
日本近海に機雷を撒いて経済封鎖をする戦法をとりましたが、たとえ降伏せず、
襲来する敵機を撃退して戦局をしのぎ続けていったとしても、この作戦によって
遅かれ早かれ物流は遮断されて、日本は”干上がっていた”という予想があるそうです。

小さく簡単であるが、絶大な脅威となる、これが機雷なのです。



先般、機雷の種類について、「係維機雷」、つまり海底に沈められた錘に
繋げられて海中を浮遊しているタイプについてお話ししましたが、
このほかにも機雷の設置の種類はこれだけあるという図解。

海に沈んでいる沈底魚雷がもっとも初期的な形だと思うのですが、
短係止機雷といって係維器に係維索を持ち、海底近くに機雷缶を係維したもの、
もちろん海上を浮遊している浮遊機雷というのもあります。

この中で もっとも最新型で恐ろしいのが、

「上昇機雷」「ホーミング機雷 」

で、いずれも感知すると目標に向かってくるものです。
ホーミング機雷は目標を追いかけてくるもので、探知には高周波が使われています。



前にここで触れた係維機雷の処理のしかたの一つ。
絵が少しわかりにくいですが、今から上を通過して、機雷を切り離します。



切り離されて浮かんできた機雷を、掃海艇に搭載した機銃で射撃し、爆破。
「えのしま」型の場合JMk-61バルカン砲で行います。



これも繰り返しになりますが、感応掃海で機雷に「ダミーの艦体(白い線で描かれたもの)」
を感知させて、爆発を誘うやりかた。
教えていただいたYouTubeで見ると、かなり速いスピードで曳航していました。



そしてこれ。
あの黄色いS-10という掃海具を使ってやる方法。
S-10を使うときには「機雷掃討」と称します。
今回わたしたちが見学したのはこの訓練です。

機雷の横に爆雷を設置して、掃海具を揚収してから遠隔操作で爆破します。



原始的というか、水中処分員が直接コード付きの爆雷を仕掛け、
これも遠隔操作で爆破させるというもの。
もしかしたら海上自衛隊の水中処分員というのは、自衛隊でもっとも
実質的に危険と隣り合わせの任務なのではないかと思いました。

この日見学したもう一つの訓練は、「ヘロキャスティング」(hellocasting)といって、
ヘリコプターのhellを使った、おそらく造語だと思いますが、(辞書になかった)
これはヘリコプターから水中処分員がrapelling降下して海に入り、海中の機雷に
爆薬を仕掛けてくる(もちろん揚収してヘリが離れてから爆破)というハードモードでした。




というわけで掃海の方法についての説明を終わり、掃海隊の組織についてと、
所持する掃海艇、掃海艦、掃海母艦、処分艇などのご案内。

「このえのしま型が、現在の自衛隊でもっとも最新鋭の掃海艇となります」

心なし誇らしげに紹介する第411掃海隊司令でした。


次に今回の訓練の概要が説明されました。

まず、訓練期間は9日。

参加兵力は、艦艇23隻、航空機11機、隊員数1100名。

訓練項目は「機雷敷設」「各種機雷掃海」「EOD訓練」「発着艦訓練」。



洋上での給油も、実は訓練の一環だったようです。



さて、ここからはちょっとした機雷掃海の歴史のようなことになります。
図は、日本列島を取り巻く、大東亜戦争の時期に敷設された機雷のマップ。
アメリカ軍の「飢餓作戦」より、日本側が防潜で撒いた機雷の方が多かったりしますが、
米軍が撒いたのは、列島を取り巻く港など近海だったので、こちらの方が実質脅威です。



「日本人は戦後一人も戦争で死んでいない」というのは厳密には間違いです。

国民には極秘で、自衛隊の原型である警備隊時代以前から掃海は行われ、
朝鮮戦争のときには掃海艇が出動して、この作業で「戦死者」も出しています。

掃海の方法が確立していなかった頃のことで、「特攻」(機雷海域をわざと航行し爆破させる)
も行われたことがある、という例を呉の資料館で見た覚えがあります。



そして、日本の戦後初の国際貢献となったペルシャ湾派遣。
そのときの掃海隊司令は、「沖縄県民斯ク戦ヘリ」の沖縄戦防備隊隊長太田実中将の息子、
落合2佐であったことは以前もこのブログでお話ししました。



いまだに掃海隊は、必ず戦時中に敷設された幾つかの機雷を発見し処理しているのです。
陸上ではいまだに土中から不発弾が出てきたりして、陸自の特別処理班が出動しますが、
海の機雷処理は「住民が避難」などということのないせいか、報道を聞くことはありません。

そこで、黄色で囲んだ「毎年機雷処分を継続」というの、
これ覚えておいてください。(試験に出ます)


一通りの説明を終わって、司令は「何か質問はありませんか」と皆に聞きました。
一人、全国紙の新聞記者が、全くピントのぼけた質問をし(あまりにも瑣末なことで
司令も”それは知りません”と答えるしかなかったし、わたしも内容を覚えていない)
その次に手を挙げたのが、地元テレビの記者兼キャスター(ただし音声専用)の女性でした。

いやー、この人がなんといったと思います?

「今回行われるような訓練は、実際に何かに生かされているのでしょうか?」


次の瞬間、わたしは「え?」と声が出てしまいましたし、司令の顔にはありありと、

「おまえはこの20分間、何を聞いていたんだ」(怒)

という表情が浮かんだ・・・・ようにわたしには見えました。

戦後、引き揚げ船や学童を乗せた船が触雷して多くの犠牲を出したのち、
先達が命の犠牲まで払って、日本という国を物理的に縛っていた機雷の海を啓開し、
そしていまだに毎年幾つかの機雷が見つかっているのを処理し続けている、と・・・、
いかに機雷の恐怖が甚大なもので、海自はそれに対峙するために、日本の海で
機雷の犠牲を二度と出すことのないように、自らも危険な訓練を日夜行っているのだと、
一から子供にもわかるように懇切丁寧に説明した挙句に・・・・・この質問ですよ。


表情には出しませんでしたが、その場にいた何人かの自衛官は、内心無力感と失望と、
所詮マスコミに対する「話の通じなさ」と疲労感を覚えたのではなかったでしょうか。

司令はそれに対し辛抱強く、実際の掃海隊の訓練はすべて「実践」につながるもので、

「”何に生かされているか”というのは、わたしもわかりません」

というような、内心の反発と皮肉が込められた(ような)返事をしました。
しかし、この記者(ミカさんが後でいうところの”あのバカ”)はその次に
とんでもない地雷(機雷じゃなくってね。誰うま)発言をぶちかましてくれたのです。

「安全保障法案が成立しましたが、今後、集団的自衛権の範囲で
掃海隊が海外での活動を行うことになりますか」

おいおいおいおいおいおい(笑)

コワモテの顔がかすかに歪んだかに思われましたが、司令は
うんざりしたような表情をを辛うじて隠して、こうビシリと返しました。

「わたしはそういうことをお答えする立場にはありません」

「(あたりまえだろうがあっ!)」(←わたしの内心の声)

ていうかこの人、ここに来るまで「掃海」って言葉を聞いたことなかったのかしら。
そして20数年前、国会で散々牛歩戦術までして反対した野党やマスコミの
「戦争に巻き込まれる!」という非難を圧して、ペルシャ湾で掃海が行われたことを
もしかしたら知らないのかしら。

あの頃の日本が、すでに「国際貢献」として自衛隊を派遣しているのにもかかわらず、
そして現在、海上自衛隊が持つ掃海能力は、ずば抜けて世界一と賞賛されており、
ホルムズ海峡の掃海を海自に任せたい、と世界中が希望しているにもかかわらず、
いまさら・・・今更「集団的自衛権の行使によって可能になる掃海」・・・だと?

ミカさんではないですが、わたしもまた、記者だかキャスターだか知らんが、
この人はもしかしたら1、物事を理解する能力が甚だしく低いか、
2、日本語が通じないのか、3、全く歴史を知らないのか、
はたまた4、「憲法」を基準に是か非の二元論でしかものを考えられないのか、
そのうちどれなんだろうと真剣に思いました。

そして、この「度し難い馬鹿げた質問」をしたのが、他ならぬ報道関係者だったことに対する
絶望感と、「お約束」をこの目で確認したことに対する奇妙な安堵を同時に味わったのです。




海上自衛隊の掃海隊が水中処分員などを投入して収容した津波被害による
犠牲者の遺体は425柱。
全体の死者数から見ると微々たるものかもしれませんが、これらの遺体を、
隊員たちは海中に潜り、瓦礫を押しのけて、その下から見つけ出しているのです。


よりによってこの説明を聞いた直後に、

「この訓練は何かに生かされているのか」

と平然と聴いて憚らないその脳みそを、このさい機雷といっしよに爆破させてやりたい。
とわたしは内心ムカムカしながら、ミカさんと目で合図しあいました。
 

この、ホーミング機雷よりも確実に頭の悪そうな記者が制作した当日のニュースを、
わたしは帰りの飛行機を待つ空港のラウンジで見ることになります。

そのニュースによって、わたしは彼女の質問というのが「局の意向」であり、
つまり掃海隊の「武力」というのは、日本が集団的自衛権により参加させられる
「戦争」のために蓄えているもの、すなわち「憲法を踏みにじる違法行為である」
という考えのもとになされていたものだと知ったのです。


しかし、それについては、また後日(笑)



続く。


 



 


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